こんにちは。鹿野一郎です。
僕は仕事で名古屋に何回か行ったことがありますが、そのついでに名古屋でゴールドジムに行ったことがあります。
ゴールドジム名古屋金山(かなやま)です。
2013年の11月4日と12月2日に行っています。
行ったのはこの二回だけだと思います。
今回は名古屋金山のゴールドジムについて語りたいと思います。
1 2013年という年
2013年。この数字を見るだけで嫌なイメージが蘇ります。
僕の人生で、仕事がもっとも忙しかったのは、この2013年だったと思います。
僕の仕事は予備校講師で、浪人生と高校生を相手に授業をすることが仕事ですが、この2013年の忙しさは半端なものではありませんでした。
愚痴になってしまいますが、最初に説明させてもらうと、普段は月曜日から土曜日まで6日間仕事で、日曜日は休みでした。
でも2009年から2013年までの5年間は毎週水曜日に札幌で授業をしていたので、水曜日の朝一番に成田空港から札幌に飛び、札幌で授業をし、木曜日に札幌から羽田に戻ってきて、都内で仕事をして千葉の家に帰るというスケジュールで動いていました。
別にこれはキツくなかったんですが、この年はそれだけでなく、予備校のテキストを一つ任されていて、原稿仕事が膨大な量でした。
さらに出版社から参考書を出すことになっていて、そっちの執筆活動もありました。
また、別の出版社から一般書も出すことになっていて、本当に原稿仕事は膨大な量でした。
飛行機の中でも電車でも自宅でも常にパソコンで原稿を書いている感じでした。
それにプラスしてこの2013年は、隔週で名古屋に映像授業の撮影に行っていました。
日曜日の朝に家を出て、名古屋で撮影をし、月曜日の朝にも撮影して、それから都内に戻って普通の授業をしていました。
札幌だけならまだしも、名古屋にまで泊まりとなると、流石に体力的にキツかったです。
しかも、原稿仕事が雪崩のように襲ってくるので、新幹線の中でもとにかく原稿を書いていました。
2 新幹線で富士山に目もくれないビジネスマン
昔、僕が大学受験で浪人している時、初めて国立大学を前期、後期と二つ受けられるようになりました。
そして大まかに関東が前期、関西が後期というように日程が分かれました。
(この当時は一つの大学が前期と後期の両方に試験をする事はできませんでした。)
なので友達と画策して、3人で名古屋大学を受けることに決めました。
別に名古屋大学に行きたかった訳ではなく、友達3人で旅行がしたかっただけです。
もちろん大学は受験しましたが、気分は旅行でした。
で、その行きの新幹線で、右側の窓には綺麗な富士山がくっきりと見えていました。
左側の窓の席に座っていた僕はその光景に見惚れたものですが、右側の窓の席に座っていたビジネスマンがパソコンと睨めっこをしたまま、富士山には目もくれていませんでした。
19歳だった僕は、ああいう大人にはなりたくないなと思ったものです。
あんなに富士山が綺麗なのに、まるっきり無視して仕事をしているなんて、どうかしていると思ったのです。
でも、僕も同じになってしまいました。
忙しくて富士山どころではなかったんです。
思い出したくもない忙しさでした。
僕は新幹線に乗る時はいつも車窓が楽しみですが、この2013年だけはそうは行きませんでした。
本当に地獄の忙しさで、精神的に限界でした。
名古屋行きはその年限りで、翌年からはなくなることがわかっていました。
参考書と一般書の執筆も2013年で終わることがわかっていました。
だからなんとか耐えられたんだと思います。
あんな暮らしがずっと続いたら、おそらくどこかで蒸発していたでしょう。
3 名古屋金山のゴールドジム
こんなことをまくしててておきながら、名古屋でゴールドジムに行く余裕があったというのは不思議な感じもしますが、あの当時の僕にとってはトレーニングが唯一の気晴らしで、それがなかったら持たなかったと思います。
そのトレーニングも普段は全くできず、出張で泊まる時だけしか出来なかったと思います。
2013年12月2日の日記に次のように書いてあります。
金山に以前来た時は夜だった。 アスナルというショッピングモールがあまりにもおしゃれで感心したものだったが、夜と朝では印象がかなり違った。 街の様子もよく分かったが、そのショッピングモール以外は特に何もないところだ。 金山は大きな駅で、地下鉄と名鉄とJRの駅がある。 ゴールドジムの営業時間を調べてから朝食にしたが、ゴールドジムは24時間営業だった。 アスナルの店はほとんど開店しておらず、朝食を取れる店はなかったので、しかたなく外に出てマクドルドで食事をした。 座って食事をしたかったので、立ち食い蕎麦は見送った。しかし、本当に店がなくて、選択肢はヴィドフランス、ミスタードーナツ、マクドナルドだけだった。
こうやって文章を読むと、あの当時の情景を思い出します。
この日やったトレーニングの内容は以下の通りだったそうです。
ベンチプレス 90kg10回,9回,8回,6回
シーテッドダンベルカール 18kg8回(左前腕に痛み)
バーベルカール 45kg10回,47.5kg10回,50kg8回,6回
プレスダウン 41kg10回,10回,9回,4回
ショルダープレス 55kg5回,50kg6回,45kg7回,40kg8回,8回
フライマシーン 52.5kg9回,7回,50kg5回,47.5kg6回
バーべルシュラッグ 90kg10回,10回,10回
デッドリフト 90kg5回,10回,7回,7回
腹筋 約60度10回,約70度10回,約60度6回,約40度7回
サイドレイズマシーン 48.3kg10回,45.8kg10回,8回,43.3kg10回(効いた気がしなかった)
ラットプル 70.5kg10回,10回,10回
サンドバッグ 左突き50、右突き50、連突き50、右ボディーフック50、
左ボディーフック50、前蹴り右20、左20、
回し蹴り右20、左20、ひざ蹴り右20、左20
なんか、こうやって見てみると、随分頑張ってトレーニングをしていたように思います。
今(2021年6月)と比べると筋力は随分貧弱だったんだなと思いますが、今よりも多くの種目を精力的にこなしていたと思います。
本当に仕事がキツくて限界だったのでしょうか?実はまだまだ余裕があったんではないのかと、自分にツッコミを入れたくなります。
上記のトレーニングメニューをみると、シュラッグが特に軽いと思いますが、この当時はまだストラップを持っていなかったので、握力の問題で90kgしか扱えなかったのでしょう。
4 サンドバッグ
それと、サンドバッグを熱心にやっていますね。今この記録を見ているだけで息が上がりそうです。
サンドバッグを殴ったことがない人はわからないと思いますが、実際にサンドバッグを殴る行為は、空突きよりもかなり疲れるんですよ。
しかも上記の突きと蹴りは、全て一撃必殺のつもりで繰り出しているので、本当に疲れます。少なくとも僕は。
僕の場合はサンドバッグを殴ると必ずと言って良いほど、手の皮が向けます。
それでも続けると血が出てきます。
ボクサーと違ってバンテージというものは巻かないので、これは仕方ないと思っていました。
また、回し蹴りはスネでサンドバッグを蹴りますが、これも最初のうちはとても痛くて、アザができると思います。
膝蹴りですら、最初のうちは膝が痛くなると思います。
ちなみにゴールドジムにあるサンドバッグは80kgのサンドバッグだと思います。
ゴールドジム津田沼千葉にあるのと同じサイズだと思いますが、津田沼ではスタッフの人に80kgのサンドバッグだと教えてもらったんです。
ボクサーの人々は1ラウンド3分で何ラウンドもサンドバッグを叩き続けますが、あれは徹底したロードワークなどで肺を鍛えているからこそできる技だと思います。きちんと走り込みをしていない人にとって、3分間サンドバッグを叩きづつけるというのはかなり厳しいものだと思います。
この頃は、まだパワーリフティングもやっていなかったし、空手をやめてから7年しか経過していなかったので、サンドバッグも熱心にやっていたようです。
5 名古屋という街
名古屋は、筋肉系ユーチューバーのkatochan33さんが住んでいる街です。
彼がゴールドジムにいる事はないとわかっていましたが、ちょっとワクワクして名古屋金山のゴールドジムに乗り込みました。
狭かったですが、十分に鍛えることが出来ました。
あの名古屋金山のジムは今はどうなっているのかと思ってインターネットで調べて見たら、なんと閉店していました。
アスナル金山のリニューアルに伴い、2020年3月に閉店し、イオンモール熱田アネックスへ移転したそうです。
わずか2回しか行ったことがありませんが、あのジムが無くなったというのは、寂しいです。
行ってみてわかったことですが、名古屋にはとても地下鉄が多いです。
駅前には立派なツインタワーがあり、外国人観光客の人々が写真を撮っているのをみましたが、中心街から地下鉄で少し離れると落ち着いた雰囲気の街並みが見られると思います。
東京都比べると整然としていて、ゴミゴミした感じがしません。
街にゆとりがある感じがします。
ただ、名古屋に住んでいた人に話を聞くと、結構気候が厳しいようです。
名古屋に住める人は日本中どこにでも住めると言っているのを聞いた事があります。
夏は暑くて冬は寒いと言っていたような気がします。
果たしてどうなんでしょうか。
僕は名古屋にはほんの2、3回行っただけなので、全くわかりません。
おそらく、もう名古屋に行くことは当分ないと思います。
ありがとうございました。