三宅宏実さんお疲れ様でした。

ウエイトリフティング

こんにちは、鹿野一郎です。
東京オリンピックを最後にウエイトリフティングの三宅宏実選手が引退を表明しました。
長い間お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。

三宅宏実さんのことはオリンピックでメダルを取る前から知っていました。
まだ高校生だった頃、自宅の台所にバーベルを持ち込んで、父親からウエイトリフティングを教わっている姿がテレビで放映されたからです。
父親の三宅義雄さんはメキシコオリンピックのウエイトリフティングの銅メダリストで、その娘が本気でウエイトリフティングを始めたという事が放送のポイントだったと思います。
その三宅宏実さんが、その後ロンドンオリンピックで銀メダル、リオデジャネイロオリンピックで銅メダルを取るとは考えてもいませんでした。
三宅宏実さんが初めてオリンピックに出たのは2004年のアテネオリンピック(18歳)でその時は9位でした。
2008年の北京オリンピック(22歳)では6位でした。
そして2012年のロンドンオリンピック(26歳)で銅メダルを獲得しました。

1 ロンドンオリンピック

三宅宏実さんは2012年のロンドンでは銀メダルを取りました。
記録はスナッチ87kg、クリーン&ジャーク110kgです。
銀メダルというのも驚きましたが、110kgというのがもっと驚きました。
体重48kgの女性が110kgのバーベルを頭の上まで持ち上げるとは、なんという怪力なんだと思いました。
僕は110kgのバーベルだったら、ベンチプレスで持ち上げることはできますが、ショルダープレスで110kgなんて重すぎて論外です。
あれは力技ではなく、フォームで持ち上げているんだと知っていても、それでも110kgを頭上まで持ち上げるというのは本当に驚きでした。

僕は大学受験で浪人している時から現在まで日記をつけているんですが、2012年7月30日の日記には以下のような記述があります。


ロンドンでオリンピックが始まった。開会式は昨日か一昨日だったと思う。
ウエイトリフティングの女子48kg級の三宅宏実選手が銀メダルを取った。すごい事だと思った。
この選手は8年前から知っていた。多分8年前は高校生だったと思う。

父親の三宅義行氏がメキシコオリンピックで銅メダルを取っていて、父親がコーチを務め、娘が選手として頑張っていたのだ。
8年前は三宅宏実がまだ高校生だったのにオリンピックに出場する事で話題となっていた。

台所にバーベルを置いて、家でも練習している風景をテレビで見た事がある。
今回の快挙で知ったのだが、その時は9位だったそうだ。
そして前回4年前は6位だったそうだ。
今回はもう大人の女性になっているが、48kgしかない小さな体で、クリーン\&ジャークで87kg、スナッチで110kgを挙げて銅メダルを取ったのだ。
たった48kgの体でよくそんなに重たいバーベルを持ち上げられるものだと驚嘆してしまう。

僕はウエイトリフティングは習った事がないので、正しいフォームも知らないが、おそらくスナッチで60kgが限界だろう。

110kgのバーベルを頭の上に持つなんて出来る訳がない。
僕は80kg以上の体重の時にはベンチプレスで130kg、スクワットで180kgを挙げていたが、70kgまで痩せたときはベンチプレスで100kgが精一杯になっていた。
体重が減れば力が落ちるのは当然の事と思っていた。
つまり、僕にとってはパワーとスリムは両立するものではなく、二者択一の問題になっていたのだ。
しかし、48kgしかない女の子が110kgのバーベルを頭の上まで持ち上げるとなるとそんな甘ったれた考えは吹き飛んでしまう。
今は僕は減量中で、きっとかなり痩せるだろう。
体脂肪率10%ぐらいまで痩せると思う。
しかし、それでもちゃんとトレーニングをすれば筋力は維持できるのだ。維持どころかますます増進する事が出来るのだ。
要は気力と努力の問題なのだ。
今回の彼女の奮闘で目が覚めた思いがした。

このロンドンオリンピックの中継は見ていませんでした。
あとでニュースで映像を見てびっくりし、感動しました。
3度目のオリンピックでとうとうメダルを手にしたんです。
継続的な努力が実った瞬間でした。見ているだけの僕まで嬉しくなりました。

2 リオデジャネイロオリンピック

銅メダルを確定させた三宅宏実選手です。

2016年にリオデジャネイロオリンピックが開催されました。
三宅宏実さんは4度目のオリンピックです。
この時のウエイトリフティングは全て中継を見ていました。
判定が厳しすぎて選手が次々に失敗をとられ、中国の女性選手は大きな声をあげて、控室に戻る廊下で、何がいけないのかわからないと大きな身振りで言っていました。
そして三宅選手もクリーン&ジャークの2本目で誤審による失敗を取られてしまいました。
これは悔しかったと思いますが、どうやらウエイトリフティングでは失敗の原因を尋ねることも、抗議することも出来ないようです。
僕はパワーリフティングをしていますが、パワーリフティングでは審判が失敗の判定をした時は、必ずカードで理由を表明するようになっています。
それでも納得が行かない場合は、審判に理由を尋ねることができます。
理由を尋ねる相手は、試合のジャッジをしている主審、副審ではなく、問い合わせに答えるための審判が別にいるんです。
その審判に失敗の理由を尋ねることができます。
でもウエイトリフティングではそれができないようです。

2016年8月8日の日記に以下の記述がありました。



リオデジャネイロ・オリンピックでウエイトリフティングの三宅宏実が銅メダルを獲得した。
スナッチ81kg、クリーン&ジャーク107kgという結果だった。
ロンドンではスナッチ87kg、クリーン&ジャーク110kgで銀メダルだった。
今回、三宅は腰痛がかなりひどくて状況はとても悪かったというが、確かに録画した放送を見ると81kgは2回失敗し、後がない3回目で何とかぎりぎり持ち上げたという印象だった。
バーベルを頭上に挙げた時、膝が裏返り、かかとが浮いたので、ダメかと思ったが、何とか踏みとどまり持ち上げた。

スナッチを終えた段階では確か8位ぐらいではなかったかと思うが、クリーン&ジャークは凄かった。
ほとんどの選手が99kgとか100kgを失敗するなか、いきなり105kgを危なげなく簡単にあげた。
2回目は107kgにウエイトを上げたが、クリーンを終えた段階で赤旗が3本立ち、失格となった。
何故失格なのか僕もわからなかったし、三宅自身も不満で仕方ない様子だったが、解説者によるとクリーンのときに肘が太ももに触れたと判定されたそうだ。
確かに正面から撮ったカメラの映像をみると触れているように見えるが、別の角度から撮った映像では明らかに離れている。
これは明確な誤審だった。
しかし、三宅は気持ちを切り替えて3度目で見事に107kgを挙げ、飛び上がって喜び、バーベルをさすって頬ずりしていた。
見事な戦いぶりだった。

この時の三宅選手はかなり腰を痛めているようで、見ている方が辛いぐらいでした。
そしてクリーン&ジャークの2本目はバーベルを頭の上に上げる前に失敗にされてしまいました。
後がなくなった3本目を気迫で成功させ、銅メダルを手にしました。
その後、バーベルに駆け寄ってプレートをさすった仕草はとてもよく気持ちがわかりました。

3 東京オリンピック

今、まさに東京オリンピックが開催されていますが、僕は三宅宏実選手の試技を全て見逃しました。 残念でならないです。 今回のオリンピックは、組織委員会、日本政府、東京都の自分勝手で無責任極まりない対応に辟易としてしまって、完全に興味を失っていました。 なのでいつもは楽しみにしている開会式も見ませんでした。 競技の中継も見ていません。 そんな中、ヤフーのニュースで三宅宏実選手の最後の試合が記録なしに終わったという文字を読んで、しまった!と思いました。 ウエイトリフティングだけは見たいと思っていたのに、知らないうちに終わってしまっていました。 結果は以下のようだったそうです。    

スナッチ      74kg成功、76kg失敗、76kg失敗  最終結果 74kg     

クリーン&ジャーク 99kg失敗、99kg失敗、99kg失敗  最終結果 記録なし

これは完全に自分の体力、怪我との戦いで、他の選手との戦いではないですね。

おそらくリオデジャネイロ五輪が終わったとき、次が東京でなかったら引退していたと思います。 次が東京だからこそ、無理を承知で挑戦したんだと思います。

それがコロナでさらに一年延期されてしまって、本当に限界を超えてしまったんだと思います。

それでも最後まで戦い続けた姿勢は素晴らしいと思います。

アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロ、東京と5回のオリンピックの出場、本当にお疲れ様でした。

4 オリンピックでの記録

三宅選手のオリンピックでの記録を調べてみましたが、古いものは調べきれませんでした。
それと、ウエイトリフティングで有名な八木かなえ選手の記録も一緒に調べてみました。
以下のようになっています。

三宅宏実 1985年11月18日生まれ、147cm

               スナッチ クリーン&ジャーク 合計      順位
2004アテネ  18歳 48kg級  不明    不明       不明      9位
2008北京   22歳 48kg級  不明    不明       不明      6位
2012ロンドン 26歳 48kg級  87kg    110kg      197kg     銀メダル
2016リオ   30歳 48kg級  81kg    107kg      188kg     銅メダル
2021東京   35歳 49kg級  74kg    記録なし     記録なし    失格

八木かなえ 1992年7月16日生まれ、153cm
               スナッチ クリーン&ジャーク  合計      順位
2012ロンドン 20歳 53kg級  不明    不明        191kg     12位
2016リオ   24歳 53kg級  81kg    105kg       186kg     6位
2021東京   29歳 55kg級  81kg    102kg       183kg      11位

二人ともロンドンの時が最も記録が良かったようですね。

ウエイトリフティングのオリンピックについては何もわからないんですが、そもそも1階級に何人の選手が出るんでしょうか。
調べてもわからなかったんですが、リオ五輪のウエイトリフティング出場選手は男子156人、女子104人だったそうです。
体重による階級は男子が8階級、女子が7階級なので、1階級あたりの平均人数は男子17人、女子15人ほどになります。

八木かなえ選手です

各階級の1位と最下位でどのくらい記録が違うのかは調べてもわかりませんでした。
オリンピックの水泳でも、海のない国から来た選手がとても遅いということがあるので、もしかしたら最下位の記録はそんなに凄くないのかも知れないです。

ウエイトリフティングが強い国はどこなのかと思って調べてみたら、リオデジャネイロ五輪で最も多くのメダルを取ったのは中国だったそうです。
中国が7個で、次はカザフスタンの6個、その次はタイと北朝鮮の4個だそうです。
中国が強いのはわかりますが、カザフスタン、タイ、北朝鮮が強いのはかなり意外です。

5 安藤美希子選手について

東京オリンピックでは女子59kg級の安藤美希子選手(28歳)が銅メダルを獲得したそうです。
ということは日本の女子ウエイトリフティングは北京の銀、リオデジャネイロの銅に続いて、3大会連続でメダルを取ったことになります。
素晴らしい事ですが、もっと強くなって、毎回メダルを複数取れるのが当たり前になるぐらいになれたら素晴らしいと思います。

安藤美紀子選手です。

安藤選手のことは前から知っていました。
津田沼のゴールドジムに行くと、入り口を入ったところに大きく安藤選手の写真が飾ってあるので、有名な人なんだろうなと思っていました。
そして今回はメダルを獲得しました。
本当に凄い人でした。

でもこの安藤さんも怪我との戦いで、結構体がボロボロになっているようです。
ウエイトリフティングというのは本当に過酷な競技なんですね。
選手の方々に対する尊敬の念が湧いて来ます。

 最後に

冒頭でも書いたように、三宅宏実さんのことはずっと前から知っていましたが、この東京オリンピックで21年間の競技生活に終止符を打ちました。
これからは結婚して子供を生んで次の道を歩むそうです。
5回のオリンピック出場と2個のメダル獲得を成し遂げた女子選手は他にいないので、おそらく今後はしばらくしたら指導者として活躍してくれるんだと思います。もし三宅宏実さんの活躍がなかったら、僕がウエイトリフティングに興味を持つ事すら無かったと思います。
本当に長い間ご苦労様でした。
そして、ありがとうございました。

タイトルとURLをコピーしました