こんにちは、鹿野一郎です。
今回はショッピングモールのダウンサイジングについて話したいと思います。
先日、家の近くのショッピングモールがまさに縮小新装オープンをしたので、今後はこういう流れが続くだろうと思ったからです。
具体的には、千葉県八千代市のフルルガーデン、千葉県佐倉市のイオンモールユーカリが丘について考えたいと思います。
また、ショッピングモールの潰し合いについても、僕が見てきた範囲内で、述べたいと思います。
フルルガーデン八千代
先日、妻と2人で千葉県八千代市のフルルガーデンに行ってきました。
フルルガーデンができたのがいつ頃なのか、正確な日時はわかりませんが、僕の日記では2003年の元日の日記に、新しく出来たフルルガーデンというショッピングモールに行ったという記述があるので、おそらく2002年頃だと思います。
その頃僕はまだ独身で、1人で佐倉市のマンションに住んでいました。
フルルガーデンのことは両親から聞いて知りました。
両親は船橋市に住んでいましたが、良い店ができたと言って、わざわざ船橋から八千代まで買い物に来ていました。
その両親に紹介される形で、フルルガーデンに行きました。
最寄駅は東葉高速鉄道の村上駅です。
フルルガーデンは2つの建物から成っていました。
駅に近い建物はイトーヨーカドーで、駅から遠い方の建物には専門店街が入っていました。
イトーヨーカドーは3階建てで、専門店街は2階建てだったと思います。
どちらの建物もそれより上の階は駐車場になっていました。
専門店街にはスターバックスコーヒー、ニトリ、スポーツゼビオ、ユニクロ、ABCストア、アカチャンホンポ、ダイソーなどが入っていました。
他にもいろいろな店が入っていて、当時としては確かに賑やかなショッピングモールでした。
ですが、その2002年ごろから2021年の現在までに、次から次へと新しいショッピングモールがオープンして、凄まじい潰し合いが展開されていると思います。
フルルガーデンが出来た頃は、僕の両親のように遠方からお客さんがたくさん来ていたと思いますが、それに悪い影響を与えたのは、おそらくイオンモールユーカリが丘の拡大移転だと思います。
ユーカリが丘のイオンはもともと駅の近くの、それほど大きくない建物で営業をしていましたが、今から6年ほど前、つまり2015年頃に原野を切り拓いた場所に拡大移転しました。
駅からは遠くなりましたが、売り場面積は何倍にもなりとても巨大になりました。
おそらくその影響でフルルガーデンは客足が減ったんだと思います。
次第にかつての賑わいを失い、店が撤退し始めました。
記憶ではまずアカチャンホンポが撤退したと思います。
その後、イトーヨーカドーの建物の中にあったタリーズコーヒーも撤退しました。
専門店街の2階にあった様々な店はみんな撤退してしまって、ゲームセンターになってしまいました。
さらに、1階の婦人服売り場や時計売り場が次々と撤退し、壁だらけの店になってしまいました。
そして今年1月に、床屋さんからフルルガーデンが専門街を潰してマンションにするという話を聞きました。
もうあの巨大な建物2つを店で埋める事ができなくなったので、片方に集約するという事なのでしょう。
やがて、フルルガーデンの潰さない方の建物の工事が始まり、2階には入れなくなりました。
駐車場に車を止めてエスカレーターで下の階に降りても、3階はエスカーレーのところでシャッターが下りているので、3階に入ることはできず、そのまま2階まで降りるしかありませんでした。
1階も壁だらけになっていて、非常に窮屈になっていました。
その工事も終わり、専門店街は完全に閉鎖されて、駅に近い方の建物が新しいフルルガーデンとして営業を始めました。
妻は新装開店直後に1人で行ったそうですが、とにかく人が多くて大変だったと言っていました。
先日妻と2人で行った時は、それほど人は多くなかったですが、まるで別の店になっていて驚きました。
これがあのフルルガーデンなのか?
と思うぐらいに何もかも変わっていました。
妻はユニクロに用があったようですが、僕は店内の状況を把握したいので、中をくまなく歩きました。
床も壁も天井もすべて新しく張り替えてあるので全くわかりませんでしたが、以前の店と比べると、エスカレーターの位置は変わっていませんでした。
でも、以前メインだった入り口がサブになり、サブだった入り口がメインになったようで、まるで違う店に感じたんです。
よくよく調べてみると食料品売り場の位置と、フードコートの位置は変わっていませんでした。
でも、一階にあった流行らなかったレストラン街は薬局に変わっていたし、本当に何もかも変わっているので、すぐにはわかりませんでした。
2002年に作られたものを、2021年に全部作り直したんだから、きれいになるのは当然ですよね。
店は本当にきれいになったので、これでしばらくは安心ではないかと思います。
旧専門店街の解体工事はこれからですが、そこに新しいマンションが建てば、そこの住人の方々も買い物に来てくれるでしょうから、フルルガーデンとしては良い選択だったんだと思います。
あのスカスカの状態から比べたら今の方が随分良いと思います。
日本は随分前から人口減少社会に突入しています。
なのにショッピングモールは増える一方なので、今後はこのように規模を縮小するところや、潰れてしまうところが次々に出てくるのではないでしょうか。
イオンモールユーカリが丘
僕は1997年から佐倉市に住んでいますが、ユーカリが丘の駅前には当時はSATYがありました。
SATYは1999年に駅のすぐ目の前に6階建てのビルを建築し、SATY2番街としてオープンさせました。
5階には映画館も入り、とても良いものができたと思っていましたが、3階、4階の店はかなり苦戦していたようで、すぐにつぎつぎに撤退していきました。
1階の店もほとんどすべて撤退して、フードコートになってしまいました。
SATYはマイカルが経営していた店ですが、そのマイカルが倒産し、SATYの経営はイオンに引き継がれました。
しばらくはイオンがSATYを経営していましたが、やがてダウンサイジングが実行されることになりました。
2番街を手放すことを決めたんです。
それにより、SATY2番街は、経営母体が変わり、ユープラ!として生まれ変わりました。
が、そのユープラ!はオープン当初から苦戦続きで、今も苦しんでいると思います。
正直なところ、5階の映画館と4階の本屋以外は寄る店がないと思っています。
さて、SATY2番街を切り離したSATYは、イオンとして生まれ変わりましたが、今から6年ほど前に大幅に拡大移転しました。
駅前のその建物を出て、原野を切り拓いた広大な土地に東館、西館からなる巨大なショッピングモールとして生まれ変わりました。
オープンの時は大喜びで見に行きましたが、オープン直後からところどころに綻びが見えました。
この店は大丈夫なんだろうか?
と思いましたが、大丈夫じゃなかったようです。
まずレストラン街がダメになり始めました。
次々に店が閉店して、店が壁になってしまいました。
そしてどんどん壁の面積が増えて、壁だらけになってしまっています。
新しく店が入ってもすぐに撤退してしまうようです。
やがてレストラン街だけでなく、普通のお店も次々に撤退し、休憩コーナーが作られ、壁も増えていきました。
ちょっと巨大すぎたのではないかと思います。
ユーカリが丘のイオンが拡大移転したことによって、隣の八千代市のフルルガーデンが大打撃を受けたんだと思いますが、ユーカリが丘のイオンは巨大すぎるが故にもろくて、自滅しそうです。
妻は言っていました。
ユーカリが丘のイオンもやがて、フルルガーデンのように片方はマンションになるのではないか、と。
なるほど、言われてみれば確かにあそこも2つの建物から成っているので、あり得ない話ではないです。
ただ、現時点では2つの建物を1つに集約するほどには店が少なくなっていないので、もう少し時間がかかるかも知れないです。
でも、やがてフルルガーデンのようにダウンサイジングすると思います。
こんなことなら、拡大移転をしないで元の場所でやっていた方が良かったのではないかと、思ってしまいます。
ショッピングモールの潰し合い
一昔前、JR佐倉駅の周辺は、佐倉城址公園、国立民族博物館がある以外は、広大な原野、畑でしたが、あるとき、その原野に一本の道路が作られました。
その道路は鹿島川を渡り、その橋まで作られました。
それによって車での移動が随分楽になりましたが、いずれここには何かが出来るんだろうなと思っていました。
千葉ニュータウンの開発もこんな感じで始まりました。
そして、数年後にベイシアが誕生しました。
ベイシアはスーパーセンターと電気館に分かれていて、凄い規模です。
それが出来たと思ったら、すぐにベイシアの周囲に新しい住宅街、公園が出来ました。
飲食店やコインロッカー、マクドナルド、中古車屋、なども次々に誕生しました。
やがてベイシアの隣にケーヨーD2(というホームセンター)も完成しました。
さらにベイシアの後方にはカインズホーム(というホームセンター)ができました。
さらに周辺に銚子丸(という回転寿司)、かっぱ寿司、いきなりステーキ、洋服の青山などが次々にオープンしました。
原野に忽然と道路が出来た頃は、とても走りやすい道路だったんですが、あっという間に渋滞のメッカになってしまいました。
このようにして、その地域一帯は、あっという間に佐倉市で最も栄えた場所になりました。
やがて、カインズホームに潰される形でケーヨーD2が撤退しました。
跡地にはニトリが入り、スーパーマーケットや24時間ジム、サイゼリヤなどがオープンしました。
ベイシアができた直後、近くの染井野というところにあったイトーヨーカドーが閉店しました。
染井野のイトーヨーカドーはもともとあまり流行らない店でしたが、ベイシアのオープンが引き金となって撤退したと思います。
イトーヨーカドーが撤退した後は、建物が解体され、ヤオコー、薬局、百円ショップなどが入る平屋のショッピングモールに生まれ変わりました。
後から後から新しいショッピングモールができて、それまであったショッピングモールを潰している感じです。
人口減少社会において、なんとも不毛な争いのように感じます。
自滅しそうなショッピングモール
新規のショッピングモールに潰されなくても、自滅しそうなショッピングモールもあります。
千葉ニュータウンのモアというショッピングモールはその代表格と言っても言い過ぎではないと思います。
以前職場に、学生時代にモアでアルバイトをしていたという女性職員がいましたが、お客さんが来る日は珍しいと言っていたぐらいです。
数回しか行った事がないですが、物凄い寂れ方で、特にフードコートは悲惨でした。
店が撤退して壁になるのはまだましな方で、壁を作る余裕すらないのか、椅子やテーブルを積み上げてバリケードになっていました。
まだ他の店が残っているのに、そんなバリケードを作られてしまっては、お客さんも食事を楽しめないだろうと思いました。
モアが今どうなっているのかは知らないですが、駐車場に面したところには普通のスーパーマーケットがあるので、そこは近所の買い物客で存続できると思います。
でもアーケードの中の専門店街は壊滅的だと思います。
その千葉ニュータウンのモアの向かい側にあるビッグホップもかなりひどい時期を耐えて、今は少し盛り返していると思います。
ビッグホップの最大の特徴はショッピングモールに観覧車があるという事でしょう。
遠くからでもよく見えるショッピングモールです。
建物の形も変わっていて、全体が円柱形になっている感じなんですが、円柱の側面にほとんど窓がなく、外から見るとどういう構造になっているのかわかりません。
中に入ってみると、2階建てのショッピングモールである事がよくわかります。
このビッグホップは開店直後に運営会社が倒産するという不運に見舞われ、苦しい時期を長く過ごしてきました。
次々に店が撤退し、ショッピングモールにトランクルーム(貸倉庫)や学習塾がオープンするまでになってしまいました。
もう潰れるのは時間の問題だろうと思った時期もありましたが、今は大分盛り返しています。
ビッグホップのスーパーマーケットはこれまでに少なくとも2回入れ替わっていると思いますが、現在のロピアが入ってから非常に活気付いて、よくなったと思います。
ロピアに併設されているビフテキ屋も良いと思います。
床屋さんに勧められて一度食べた事がありますが、おいしかったです。
千葉ニュータウンの発展とショッピングモール
僕の記憶では、千葉ニュータウンに一番最初に出来たショッピングモールは、千葉ニュータウン中央駅の近くのダイエーだと思います。
僕が大学生だった時なので、1980年代の後半だと思います。
家からは遠かったですが、僕はそのダイエーが気に入っていたので、よく買い物に行っていました。
でも、その後、線路の反対側で少し離れた位置にイオンができて、ダイエーは潰れました。
ダイエーだった建物は2021年現在では、ゴールドジムとパチンコ屋になっています。
その後、イオンはおそらく2回以上増床して、現在の巨大な姿に生まれ変わりました。
その間に、千葉ニュータウンにジョイフル本田ができました。
ホームセンターとは思えない巨大な商業施設で、僕は今でも大好きです。
ジョイフル本田は、おそらく千葉ニュータウンでもっとも人が集まるショッピングモールだと思います。
土日などが人が多すぎて近づけない雰囲気があります。
そのジョイフル本田の斜向かいに先程のビッグホップが作られ、そのビッグホップの向かいにモアが作られました。
ジョイフル本田は衰える事なく繁栄していますが、ビッグホップは苦難続きで、モアは青色吐息です。
その後、まるでジョイフル本田を倒すためと言わんばかりに、同じ国道464号沿いの離れた場所に、カインズホームが進出しました。
カインズホームもそれなりに賑わっているんだと思いますが、ジョイフル本田の天下は揺らいでいません。
僕が大学生の時にはなかったけど、その後出来たショッピングモール
最後に僕の生活圏で、僕が大学生の時にはなかったけど、今はあるショッピングモールについて考えたいと思います。
まず、八千代市のフルルガーデン、国道16号沿いのメガ・ドンキホーテがありませんでした。
佐倉市ではベイシア、カインズホームがなくて、イオンモールユーカリが丘がなかったです。
千葉ニュータウンでは、ジョイフル本田がなくて、ビッグホップがなくて、モアがなくて、カインズホームもなかったです。
四街道ではイトーヨーカドーがなかったです。
千葉市では国道16号沿いのワンズモールがなくて、稲毛区のフレスポ稲毛もなかったです。
幕張の超巨大イオンもなかったです。
習志野市だと、新津田沼のイオンがなかったし、モリシアもなかったです。
船橋市だと新船橋のイオンがなかったし、東京ベイららぽーとはありましたが、その隣にあるビビット南船橋はなかったです。
鎌ヶ谷市では、新鎌ヶ谷のイオンとアクロスモールがなかったです。
本当にこの30年の間に次々とショッピングモールが誕生しているのがわかります。
そして、その影で消えていったものもあるんです。
日本は人口減少社会なのに、いつまでこのような潰し合いを続けるのでしょうか。
このような目まぐるしい潰し合いを考えると、誕生以来40年以上にわたって、安定している東京ベイららぽーとは、千葉県を代表するショッピングモールと言って良いのではないかと思います。
果たして10年後の2031年には、ここに挙げたショッピングモールのうち、どれだけが残っているんでしょうか?
作りすぎには気をつけた方が良いのではないかと思います。
ありがとうございました。