ジムの思い出 その4(佐倉市民体育館)

ジム

こんにちは。鹿野一郎です。
僕は佐倉市民体育館のトレーニングルームに1996年(平成8年)から2002年(平成14年)まで、およそ6年間通っていました。

1 みつわ台体育館から佐倉市民体育館へ

それまでは千葉市のみつわ台体育館のトレーニングルームでウエイトトレーニングをしていたのですが、だんだん力がついてきて、みつわ台体育館の機材では物足りなくなって来たから場所を変えることにしたんです。
この当時の僕はまだマシーンでトレーニングをしていて、バーベルやダンベルは使っていませんでした。
みつわ台体育館のベンチプレスのマシーンは最大で、おそらく127kgまで負荷をかけることができました。
一方で佐倉市民体育館は、ベンチプレスマシーンの最大の負荷は190kgでした。
なので徐々にみつわ台から佐倉市民体育館へシフトしていきました。

トレーニングルームの使用料は、みつわ台体育館が150円で、佐倉市民体育館が200円でした。
佐倉市民体育館は大きい体育館で、受付を入ってからトレーニングルームに行くまでに長い廊下を歩いた記憶があります。
体育館が傾斜のある土地に立っていて、受付を一階とすると、トレーニングルームは地下一階でした。
地下一階といっても、傾斜があるので、トレーニングルームにも窓があり、外の景色は見えていました。
トレーニングルームの広さは、みつわ台体育館のトレーニングルームよりやや広い程度だったと思います。
およそ100平米ぐらいでしょうか。
ここのトレーニングルームの最大の特徴は、サンドバッグがあったことです。
僕はこの当時は空手をやっていましたが、道場にはサンドバッグがなかったので、大喜びで殴り、蹴っていました。

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また、佐倉市民体育館のトレーニングルームにはスミスマシーンがありました。
僕にとって、初めて見るスミスマシーンでした。
わからない人向けに簡単に説明すると、バーベルを上下に動かせるようになっているんですが、上下にしか動かないように、支柱が左右にあるんです。
バーベルシャフトには、普通のバーベルと同じように、プレートを何枚か付けられるようになっています。
シャフトが上下にしか動かないように支えられていることと、常にシャフトが水平を保つように固定されているので、重い重量でスクワットをする時などは、バーベルよりもスミスマシーンの方が安心です。
ただ、僕はこの時はまだスミスマシーンという名前は知りませんでした。
スミスマシーンという名前を初めて聞いたのは、愛知県のゴールドジム名古屋金山にトレーニングに行った時でした。
僕は18歳の時から日記をつけているんですが、ゴールドジム名古屋金山に行った日を調べてみたら、2013年11月4日でした。
仕事で名古屋に行ったので、仕事の帰りにこのジムに寄ったのです。
初めて行くジムだったので、スタッフに設備の説明をしてもらい、その時にスミスマシーンという名前を知りました。
驚くことにインターネットで調べてみたら、このゴールドジム名古屋金山は2020年3月中旬に閉店したそうです。
ゴールドジムが閉店するなんて信じられませんが、よく見てみると単純に潰れたのではなく、イオンモール熱田アネックスへ移転したのだそうです。

2 ベンチプレスで初めて100kgのバーベルを挙げた日

佐倉市民体育館にはスミスマシーンの他にバーベルとベンチプレスの台があったそうです。
この文章を書いているのは2021年5月で、バーベルやベンチプレス台の記憶にはないんですが、当時に日記に書いてありました。
1997年1月31日には、佐倉市民体育館でバーベルのベンチプレスをして、80kg、100kgは挙がったが、120kgはびくともしなかったと書いてありました。
おそらく僕がバーベルのベンチプレスで初めて100kgを挙げたのはこの日なのだと思います。
みつわ台体育館にはバーベルがなかったので、ほぼ間違いないと思います。
初めてベンチプレスで100kgを挙げたのに、記憶に全くないというのは、挙がって当然という意識があったのだろうと思います。
みつわ台体育館のベンチプレスマシーンで127kg全部を挙げられるようになっていたので、100kgは挙がって当然と思っていたんだと思います。
しかし、マシーンの重量というのはかなり当てにならないので、バーベルで120kgがびくともしないのは、妥当なところでしょう。

当時の佐倉市民体育館には、ショルダープレスのマシーンもありましたが、プレートは全部で150kgもあったそうです。
ショルダープレスで150kgを挙げる人間は一体この地球上に何人いるのでしょうか!
もちろんそれはプレートの重さであって、マシーンを使った時に肩にかかる重量ではありません。
てこの原理でかなり軽くなっているはずです。
日記にはショルダープレスで110kgが挙がったと自慢気に書いてありますが、勘違いも良いところです。
僕に110kgのバーベルでショルダープレスなど出来るわけがありません。
当時は本当に幸せな勘違いをしていたようです。

3 シンプルなトレッドミル

ジムにはトレッドミルが1台ありました。
当時の僕はマラソンにも凝っていたので、トレッドミルもよく使いました。
雨の日は走るためだけに佐倉市民体育館のトレーニングルームに行ったこともありました。
一番長く走った時は、トレッドミルの上で17km走ったこともありました。
とにかく退屈で仕方なかったです。
かなり旧式のマシーンで、今の物みたいにテレビモニターなどついていませんから。
また、脈拍数や心拍数を図る装置もついていません。
ただ、走っている速度だけが表示されていました。
本当に退屈なトレッドミルでした。

佐倉市民体育館のトレーニングルームは、ウエイトトレーニングをしようと思ったら、あまり機材が揃っていませんでした。
なので、ここではサンドバッグやトレッドミルを中心にやっていたように思います。
バーベルのベンチプレスもこの当時はやっていませんでした。
日記に書いてあることが確かなら、この当時の佐倉市民体育館には、セーフティーバーがなかったようなので、恐ろしくて出来なかったのだと思います。

4 プレスダウンという種目を知る

この体育館にはラットプルのマシーンがありましたが、ある日、変わった使い方をしているおじさんを見かけました。
最初は随分軽いプレートでトレーニングをしているなと思ったのですが、見てみると手幅が非常に狭く、ほぼ肘を固定して、前腕の動きだけでケーブルを下に引いていました。
あれは一体何なのだろうと思って、おじさんがいなくなった後で真似してやってみました。
すると上腕三頭筋がバキバキに効きました。
そのおじさんがやっていたのは、プレスダウンなのでした。
僕はこの時初めてプレスダウンという種目を知りましたが、まだプレスダウンという名称は知りませんでした。
本当に、返す返す知識がないですね。
どうしてお前はそんなに何も知らないんだ!と過去の自分に言ってやりたくなります。

日記によると、佐倉市民体育館でトレーニングをした後、みつわ台体育館に行ってトレーニングをしたという記述が何度も出てきます。
トレーニングルームのハシゴをするなんて、余程の暇人間ですが、確かにあの当時は暇でした。
僕は予備校講師をしているんですが、この当時は高校生の授業しかしていなかったので、平日の昼間は全て自由時間だったんです。
現役生だけが通う予備校で働いていたので、昼間は本当に自由でした。
佐倉からみつわ台までハシゴした理由は覚えていませんが、おそらく佐倉ではできなくて、みつわ台では出来る種目があったのでしょう。
おそらくカール、腹筋ではないかと思います。

佐倉市民体育館ではシャワーも使っていたようですが、ここのシャワー室は全く記憶にありません。
みつわ台体育館のシャワー室はよく覚えています。
冬はお湯が出ますが、夏は水しか出ない強烈なシャワーでした。
タイル張りのシャワー室で、冬はとても寒かったです。
石鹸とシャンプーは置いてなかったので、持参しなければなりませんでした。

最後に、佐倉市民体育館に着いたら休館日だったということが3回もあったようです。
トレーニングの種目も知らないし、休館日もチェックしていなかったとは、なんというザルなトレーニーだったのでしょう。

5 現在の佐倉市民体育館

現在のトレーニングルームです

2021年5月現在の佐倉市民体育館は、ホームページを見てみると、機材が全て入れ替わっているようです。
当時あった機材は全て撤去され、新しいものが導入されているようです。
本当に時代の流れを感じますね。
みつわ台体育館もそうですが、当時と今ではまるで別のトレーニングルームです。
最後に佐倉市民体育館を訪れてから19年が経過しました。
変わるのも当然ですよね。

みつわ台体育館と同じですが、あの当時に佐倉市民体育館はもう僕の頭の中にしかないのです。

ありがとうございました。

ジムの思い出その5へつづく

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