今回の投稿は、気分に任せてだーっと書いたものです。
途中で気持ちが晴れて、一旦は投稿するのをやめようと思いましたが、公開してもどうせほとんど誰も読んでくれないんだし、せっかく書いたんだから公開してしまえという気持ちになりました。なので書きかけだった文章の続きを書いて、ここに投稿します。
この文章を書いたのは2021年10月17日の日曜日です。
こんにちは、鹿野一郎です。
昨日、新型コロナウィルスの2回目のワクチンを打って来ました。
副反応は出ないと思っていたんですが、今朝熱を測ると7度3分ありました。
別に具合は悪くないし、顔もほてっていないし、頭がくらくらする訳でもありません。
ただ熱があるだけです。
注射を打った右肩は少し痛みます。
前回、1回目の時はそれすらなかったんですが、今回はちょっと右肩が痛いです。
今日は日曜日で、外は雨です。
娘はばあば(妻のお母さん)の家に遊びに行くというので、僕も一緒に行こうと思っていました。
ワクチンを打った翌日なので、筋トレは出来ないし、最近ばあばにも会っていないから久し振りに訪ねようと思ったんです。
実はこれにはもう一つの目的もありましたが、副反応による発熱で話が複雑にこじれて来ました。
今日の投稿は、バーベルとは無関係の話になると思います。
本当は、10月24日のパワーリフティング千葉県大会のエントリー人数について書こうと思っていたんですが、どうもそういう気分では無くなって来てしまいました。
試合のエントリー人数についてはまた別の機会に書きたいと思います。
娘は6年生で、一人っ子です。
去年あたりから、娘は妻に対して反抗的な態度を見せるようになりました。
いわゆる反抗期です。
娘の反抗期を見ていると、僕自身の反抗期を思い出します。
そして、歴史は繰り返す、と思います。
今回、反抗期の文章を書こうと思ったのは、とうとう娘の反抗が家庭内で収まらなくなってしまったからです。
娘がばあばの家に遊びに行くと言い出したのは昨日ですが、妻がスマートフォンで娘とばあばのやり取りを見付けました。
妻が娘のスマートフォンを覗き見した訳ではありません。
娘はスマートフォンを持っていないので、妻から借りて使う事があるんです。
妻から借りたスマートフォンでメッセージのやり取りをすれば、すべて妻に読まれる事になるのは分かっていると思うんですが、娘とばあばの間で、信じがたいメッセージのやり取りがなされていました。
昨日、僕がワクチンを打ち終えて、家で横になっていると、妻がやってきて、僕にスマートフォンを見せました。
娘とばあばのやりとりです。
明日遊びに行くという話から始まって、お金が無いから金をくれ、という話になり、バイトをするからバイト代を払えという話になっていました。
庭の草刈りをして、花壇の雑草を抜いて、昼ご飯を作ってあげるから25000円よこせという内容です。
しかもひどい言葉遣いで請求しています。
娘がそんな言葉遣いや、そんな態度をとるなんて知らなかったので、僕には衝撃的な出来事でした。
僕の家からばあばのうちまでは、電車とバスを乗り継いで、片道1時間ぐらいですが、車で行けば20分で着きます。
以前は僕もよくお邪魔していましたが、あるときから娘は1人で電車とバスを乗り継いでばあばの家に遊びに行くようになりました。
娘のはいとこが2人います。
というより、いとこが2人しかいません。
僕にはいとこが9人いますが、少子化のため娘にはいとこは2人しかいないんです。
僕の弟の息子と、妻のお姉さんの息子です。
ここでは妻のお姉さんの息子の事を、ドラゴン君と呼ぶ事にします。
ばあばにとっては、自分の孫はドラゴン君とうちの娘の二人なので、良く二人を家に呼んでいました。
ドラゴン君は小学生の頃から、ばあばのうちの芝生の手入れを手伝っていたんですが、その都度お小遣いを貰っていました。
どのくらいの金額を貰っていたかは、僕は知りません。
娘が小学生なって、娘もドラゴン君と一緒に芝刈りをするようになりました。
一番最近だと半年ぐらい前でしょうか?
ドラゴン君は今年大学を卒業して社会人になりました。
おそらく卒業前に娘と一緒に芝刈りをしたんだと思います。
その時のアルバイト料はドラゴン君が5000円で、娘は2000円だったと言います。
その話を妻から聞いたとき、小学生に2000円なんて、貰い過ぎではないかと思いましたが、妻が言うには、大学4年生のドラゴン君に5000円あげる手前、娘にも2000円ぐらい渡すしかなかったのではないかという事でした。
娘の出所不明金
先月の事だったと思います。
妻が娘の事を心配して、僕にいいました。
娘の部屋には新しい鉛筆や筆箱、マンガ、飾り物などが多数ある。
最近は良く友達とショッピングモールに行っているようだけど、どうしてあんなにお金があるのかしら?
妻は娘が万引きをしているのではないかと疑っていました。
僕は、いくら何でもそれは無いだろうと思いました。
妻は娘が学校に行っている間に娘の部屋に入って財布の中身を確認したそうです。
財布には15000円程度のお金が入っていて、5000円札が2枚入っていたそうです。
これは明らかにおかしい話です。
娘は最近まで、全くお金を使わない生活をしていて、貰ったお年玉はすべてそのまま貯めていました。
金額は7万円を超えていたので、銀行口座を作って預けた方が良いという話をして、お金を銀行に入れました。
その時点で娘が手元に持っているお金は3000円程度になったそうです。
なのにいつの間にか15000円まで増えていて、5000円札が2枚あるんです。
娘が親の財布からお金を抜き取っている可能性があると思いました。
でも僕は普段仕事で家を空けているので、盗るとしたら僕の財布ではなく、妻の財布です。
そう思ったんですが、妻に言わせると財布ではないそうです。
僕は把握していなかったんですが、妻は家のあちこちに現金を隠し持っています。
それは大地震や大規模停電が起こったら、お金の引き出しが出来なくなるから、現金が必要だという理由からです。
家に現金を置いておくのは物騒だと思うんですが、妻のいう事も一理あります。
現金は3か所に分けて保管されていたそうです。
キッチン脇の食品庫とか、クローゼットの中とか、3か所に分散して置いてあるそうです。
そこから2万円盗られたのではないかというのが、妻の予想でした。
僕はすぐにお金を数えるようにいいました。
減ってなければ思い過ごしだし、減っていればいよいよ娘が怪しくなります。
でも妻はいくら保管しているか把握していないといいます。
仕方がないので、妻にそのお金を出してもらい、僕が金額を数えて、お金を入れている封筒に日付と金額を書く事にしました。
いくら何でもお金が入った封筒に、日付と金額が書かれていたら、絶対に盗れないと思うので、これで事態は解決すると思いました。
それにしても、妻の感覚には驚きました。
いざというときのために保管しているという現金の額が僕の想像を超えて大きかったからです。
しかも、娘は家の3か所にお金が保管されている事は知っているそうです。
子供に分かる場所に多額の現金があったら、ちょっとぐらい無くなってもわかりゃしないと判断する事は十分あるでしょう。
それに僕も中学生の頃、母親の財布から小銭をかすめていた事があるので、仮に娘が本当に盗ったのだとしても、驚きはしないです。
でも、金額が大きいのが気になります。
小学生が20000円も盗るでしょうか?
ばあばからお金を盗った可能性が浮上しました
ある日、妻がお姉さんに電話でこの話をしたら、お姉さんは、その話をばあばにしたかと尋ねたそうです。
お姉さんがばあばと電話で話したときに、それに近い話をしていたというんです。
娘がばあばのうちに遊びにいった時に、娘に見える位置にお金を置いたまま、ばあばは買い物に出掛けたそうです。
なのに娘はお金を盗らなかったというような事を話していたそうです。
もしかしたらばあばはある日、お金が無くなっている事に気付き、一つの可能性として娘を疑ったのかも知れません。
で、試してみたけど、娘は盗らなかったという話なのかも知れません。
今日は僕もばあばのうちに行くつもりでした
娘は昨日、ばあばに25000円のバイトをさせろとメッセージでやり取りをして、今日は1人で遊びに行くと言います。
事態が深刻だと思ったので、僕も一緒に行く事にしました。
娘は僕には一切反抗的な態度は取らないので、僕が一緒にいたら、露骨にばあばにお金をせびる事もしないだろうと思ったんです。
でも、もし僕がいても高額なバイト代を請求するような事があれば、そこは腹を割って話すしかありません。
その覚悟を決めていました。
昨夜、夕飯の時に、明日はパパも一緒に行くと伝えました。
娘は嫌がるのかと思ったら、あっさりと同伴を認めました。
ばあばのうちに遊びに行くとなったら、朝はゆっくり寝ていられません。
普段、日曜日は僕は10時まで寝ていますが、今日は8時に目覚ましをセットして起きました。
娘も同時に起きて来ました。
娘が朝食の準備をし、僕は犬の散歩に行きました。
朝食を終え、洗濯物を干し終えたのは10時頃でした。
じゃあ、ばあばの家に行こうとなったところで、妻から反対されました。
理由は僕が発熱しているからです。
僕は全く大丈夫だったんですが、妻がいうにはこれから夜にかけてどんどん熱があがって行くから、車を運転してばあばの家に行くなんてダメだというのです。
でも娘を1人で行かせてしまったら何にもならないので、妻とは少し言い合いをしました。
妻が言うには、わざわざばあばのうちまで行かなくても、今ここではっきりと娘にお金の事を話して欲しいという事でした。
仕方がないので、それに従う事にしました。
娘にスマートフォンを見せるように言いました。
娘は素直に応じます。
昨日、ばあばとやりとりしたメッセージを見せるように言うと、娘はそれにも素直に応じました。
僕は娘に対して、ばあばにお金を請求するのは間違っているという事、バイト代として25000円は高額過ぎるからダメだという事を話し、一体何でそんなにお金が必要なのかと尋ねました。
すると娘の答は、マンガを50冊ぐらい買いたいからだというものでした。
マンガが欲しいならパパが買ってあげるというと、「約束だからね、絶対に買ってもらうからね。」と強く迫って来ます。
そういう話し方を辞めるように言い、話を続けました。
今日はばあばの家に遊びに行くんじゃなかったのか?それともお金を貰う事が理由だったのか?
すると娘は、その両方だと言います。
こんなことを続けていたら、ばあばから嫌われて、もう遊びに来ないでと言われることになるかも知れないぞと話すと、それでも良いといいます。
ばあばよりもお金の方が大切なのかと尋ねると、そうだと言います。
そして、娘は次のような事を言いました。
親なんて邪魔なだけだから死ねばいいんだ。特にママは今すぐに死ねばいいんだ。
親なんかいなくたって金さえあればどうやってでも生きて行けるんだ。
そうやってチンピラになったって、自分は構わないんだ。
よその子はスマートフォンを1日4時間ぐらい使っているけど、何でうちは1時間なんだ?
たったの1時間じゃ、何も出来ない。
ゲームの時だってダメだダメだとうるさくて、邪魔ばっかりする。
娘は泣きながら訴えていましたが、一応主張の筋は通っていると思いました。
僕は半分納得しながらも、どうやって娘に自分たちの考え方を伝えたら良いのだろうと考えていました。
娘が言うには、僕も妻も本当は娘の事なんかどうでもよくて、何も心配していないのに、親だから心配している振りをしているだけだそうです。
あれこれ口うるさく注意するのは自分の事が憎いからで、そんなに憎いならそもそも子供なんか作らなければ良かったんだとまで言いました。
僕はそれを聞いている間、娘の顔を直視していましたが、娘は僕の視線が耐えられないようで、目をそらしていました。
娘が本当にそう思っているならば、大変ショックな事です。
子供とテレビゲーム
僕も妻もゲームをしないので、娘にもゲーム機を買い与えるつもりはありませんでした。
娘が3年生になった頃、しきりに任天堂switchを買って欲しいと訴えるようになりました。
でも僕も妻も聞く耳を持ちませんでした。
娘の幼稚園時代からの友達の男の子は、すでに自分のスマートフォンも持っていて、ゲームもやり放題だったそうです。
ゲームでの課金もし放題で、1ヶ月に6万円ぐらい使っていると言います。
それはその子のお父さんが大のゲーム好きで、親子でゲームをやっているからでしょう。
親がゲーム大好きだったら、子供も一緒になってゲームをするのはわかります。
また、ゲームの大好きなお父さん、お母さんは、子供に対してゲームをするなとは言わないだろうと想像できます。
娘があまりにもゲーム機を欲しがるので、僕は職場で高校2年生の生徒達に尋ねました。
そのクラスは偏差値が70以上ないと入れないハイレベルのクラスで、とても優秀な生徒が7人いました。
その生徒達に、小学校3年生の時点でゲーム機を持っていたのかと尋ねたら、何と全員がゲームを持っていたと答えたんです。
僕はこれには驚嘆してしまいました。
ゲームというのは脳に悪影響のある、悪いものだと思っていたので、本当に信じられない話でした。
それでゲームに対する偏見は少しなくなりました。
娘は左右で脚の長さが違うという変わった病気で、その年に膝の手術を受ける事になりました。
そして手術が終った後に、任天堂switchをプレゼントしたのでした。
当初はとても気に入って毎日やっていました。
「大乱闘」「集まれ動物の森」「スーパーマリオ」などをやっていたようですが、今ではすっかり飽きてしまって、パソコンとスマートフォンでタイピングのゲームばかりやっています。
娘はブラインドタッチは出来ませんが、それでもタイプ入力は僕よりも速いです。
タイピングゲームで鍛えたからなんでしょう。
娘の金銭感覚
娘の金銭感覚に疑問を感じるようになったのは今年の夏休みでした。
娘が学校の宿題の絵を描くために、水辺の風景の写真を撮りたいと言うので、二人で印旛沼まで出掛けました。
まずはふるさと広場に車を止めて、あちこちで写真を取りました。
次は飯野の船着き場に移動しようと思ったとき、娘が何か飲みたいと言いました。
とても暑い日だったので、僕も咽がからからでした。
僕はお金を持っていなかったので、Suicaを娘に手渡して、これで買ってくるように言いました。
すると娘はお金を持っているから自分で買ってくると言います。
犬も連れて行っていたので、僕は犬と外で待っていました。
売店から出てきた娘は、両手にソフトクリームを持っていました。
1個350円です。
2個で700円ですよ。
娘の小遣いは1ヶ月700円のはずです。
これをぽんと全部使ってしまうのはどういう金銭感覚なんだろうかと、疑問を感じました。
まだあります。
僕が咽に異常を感じて、9月に胃カメラを飲んだ日、家に戻るとアメリカ産牛肉のステーキが置いてありました。
僕が胃カメラの苦しみに耐えるご褒美に妻が用意してくれたものと思っていましたが、違いました。
それは娘が買ってくれたものだったんです。しかも自分の小遣いからです。
娘に話を聞くと、昼間カレーライスを食べたいと思ったから、材料の牛肉を買いに行ったそうです。
そうしたらアメリカ産牛肉が安く売っていたから、僕のために買ってくれたのだと言います。
僕は国産よりもアメリカ産の方が好きなんですよ。
娘は自分の小遣いからカレー用の牛肉とアメリカ産ステーキを買い、しかもそのことを僕には言いませんでした。
僕の感覚だったら、それで親に恩を売り、次は自分が何かを買ってもらえるように交渉するだろうと思うんですが、何も言わずにお金だけを出したんです。
どうもおかしいと思って、娘が何か買うたびに僕はそれを覚えておく事にしました。
すると、わずか2週間の間に4000円以上使っている事が分かりました。
こういう経緯があって、娘が家のお金に手を出しているのではないかという展開になって行きました。
お金を保管している封筒に日付と金額を書いてしまえば、手が出なくなるので、これで事態は収まると思いました。
妻は娘に事実を確認し、自分の過ちを認めさせた上で謝罪させなければダメだと言いますが、僕は二度とこういう事をしないならば、追求はしなくて良いと思いました。
その後、さらに事態は動き、どうやら家のお金ではなく、ばあばからお金を盗っているんじゃないかという話になって来たんです。
孫に与えるお小遣い
ばあばは娘に大金を渡します。
それは困った事だから辞めて欲しいと思っているんですが、実はばあばの側にも事情がありました。
娘のいとこのドラゴン君は非常におとなしい性格で、気持ちが優しい子なので、高校生になっても、大学生になってもばあばのうちに遊びに行っていました。
でも、娘は違います。
もはやばあばのうちに遊びに行くのは、お金をもらいに行くのが理由のようになっています。
ばあばは娘に会いたいので、芝刈りをしてくれたら500円あげるというような釣り文句で娘を誘って来ましたが、ある時から娘がそれに乗らなくなって来ました。
たったの500円では割にあわないと言い出したそうです。
ばあばとしては自分の孫に会いたいので、仕方なく娘が応じる金額まで引き上げる事になってしまったようです。
それが繰り替えされて、今では娘の言いなりになってしまっているようです。
ばあばはお金をたくさん持っているので、娘にいくらお金をあげても自分が困る事はないんでしょう。
でも娘の教育のためにも多額のお金を渡すのは辞めて欲しいです。
さっき妻が電話で強烈にばあばにそれを伝えたので、もう大丈夫でしょう。
僕の両親はばあばと違って裕福ではないので、お年玉以外で娘にお金を渡した事はないと思います。
母は娘にミシンの使い方や、料理の仕方、ちぎり絵などを教えていました。
親父は手先が器用な人で、簡単な工作や手品を娘に教えていました。
だからなのか、娘が両親にお金を請求する事はないです。
やっぱりあるところから貰おうと考えるようです。
実にしたたかです。
娘の乱暴な性格
娘はものを乱暴に扱い、何でも壊します。
最近だと、電子ピアノを壊しました。
電源のオン、オフが出来なくなるぐらい破壊されていたそうです。
僕は見ていないですが、妻によると鍵盤も一つ折れているそうです。
他には娘は自分の部屋のクローゼットの扉を壊しました。
自分が壊したのに、平然と、「これもう寿命なんじゃないの?」と言います。
すぐに修理してしまっては示しがつかないと思うので、今でもそのクローゼットの扉は壊れたままです。
さらに洗面台の鏡台も壊しました。
無理に力を入れて鏡の向きを変えようとしたんでしょう。
鏡は元の位置に戻らなくなってしまいました。
妻は初め、僕を疑い、凄い剣幕で起こっていましたが、僕は全く知らない事でした。
この乱暴な性格はぼくに似たんだと思います。
僕も子供の頃は乱暴でした。
幼稚園生の頃、ブーメランを作って友達と遊んでいましたが、僕が野良猫にブーメランを投げようと思ったら、友達が可哀想だからと言って猫を抱きかかえました。
それではブーメランが投げられないので、早く放すように言いましたが、友達は猫を放さなかったので、僕はそのままブーメランを投げました。
ブーメランはこともあろうに友達の頭に当たり、友達は意識を失って倒れました。
慌てて母親を呼びに行くと、救急搬送されました。
頭を何針も縫う大けがでした。
その時は母にこっぴどくしかられました。今から思えば、あの時の母は愚かな僕の事を心底嘆いていたんじゃないかと思います。
まだあります。
やっぱり僕が小さかった頃、自転車で長い坂道を下りていたらしたから大型ダンプカーがのぼって来ました。
僕はブレーキをかけようとしましたが、レバーを引くとワイヤーが両方とも切れてしまってブレーキが効かなくなってしまいました。
このままではトラックにぶつかって死ぬと思い、目をつぶりましたが、うまい具合に行き違いが出来たようで、ぶつからずに済みました。
ほっとしましたが、ブレーキは効かないので、自転車はそのまま坂道を下りて行き、商店街の人混みに突っ込みました。
やがて人にぶつかって止まりました。
ぼくはごめんなさいと言ってその場を立ち去りましたが、夜になってある男性がうちを訪ねて来ました。
お宅の息子さんは今日、自転車で坂を下りて人にぶつかりませんでしたか?というのです。
母が僕のところに来てそれを伝えたので、確かにそういう事があったと伝えました。
でもちゃんと謝ったと言いましたが、事態はもっと深刻でした。
僕がぶつかった人は、臨月の妊婦さんだったそうで、大腿骨を骨折したというんです。
慌てて一家4人でその奥さんの病院まで行って謝りました。
あの時は母方の祖父まで来てくれました。
治療費は全額うちで持つという事を伝え、謝罪の気持ちを伝えるためにカルピスを1ダース持って行きました。
昭和40年代の話です。
僕も大概乱暴だったので、娘が乱暴なのはある程度受け入れています。
僕と違ってけが人を出していないだけマシだとも思っています。
でも、ばあばからお金を盗る、お金をせびるというのは、自分がしなかっただけに、信じられないです。
お金で苦労する話
僕は大学時代にお金で苦労しました。
でも全部自分の責任です。
苦労の内容は借金です。
大学一年生の時、混声合唱団にいた僕は、毎日友達とマージャンをしていました。
雀荘でやるので、お金がかかります。
さらに賭けマージャンをしていたので、負ければさらにお金がかかります。
マージャンの負け分は、大した額ではありませんが、お金が無かった僕は何人もの友達に負け分の借金をしていました。
借金総額は3万円弱でしたが、当時のぼくには大変に重い借金でした。
あるとき、ワンダーフォーゲル部の友達が僕の様子を見かねて、オレがすべて建て替えてやるからバイトしてオレに金を返せと言ってくれました。
当時の僕は混声合唱団とワンダーフォーゲル部を掛け持ちする忙しい生活をしていました。
借金の総額は3万円弱だったはずなんですが、借金のリストをその友達に見せたら、何をどう計算間違いしたのか、総額7万円という事になり、僕に7万円を貸してくれました。
そして、このお金で借金をすべて返済するように言いました。
さらに、もう他の人から借金をしないようにとも言っていました。
なんて良い男なんでしょうか。
当時19歳だった僕は、借金総額が3万円弱である事は黙ったまま、7万円を借りました。
借金を返済しても手元には4万円以上残ります。
見た事もない大金でした。
その後、わずか1ヶ月もたたない間に、その4万円は缶ジュースやガム、ラーメンなどに代わり、消えてしまいました。
なんという愚かな男でしょう。
さて、どうやって7万円を友達に返すのか?
アルバイトをして稼ぐしかありません。
僕は東京ディズニーランドのレストランで皿洗いのアルバイトを始めましたが、根性が無かったため、借金をすべて返済する前にアルバイトを辞めてしまいました。
僕に7万円を貸してくれた友達は、僕にお金を貸した事をひどく後悔していました。
僕は最終的にはお金をすべて返済しましたが、随分と時間がかかってしまいました。
あれは本当に悪い事をしたと思っています。
でも、僕がお金で本当に苦労したのはその後です。
僕は20歳の時に学習塾でアルバイトを始めて、良い給料を貰うようになりました。
月10万円から20万円ぐらい貰えるようになりました。
その代わり、ほとんど大学に行かなくなり、アルバイトに明け暮れていたんですが。
馬鹿にお金を持たせると、ろくな事にならないというのは、まさにこの時の僕の事です。
僕はお金があるのを良い事に、まず車の免許を取り、車を買って、バイクの免許を取り、バイクを買って、当時では珍しい超大型の40インチのプロジェクションテレビを買い、ビデオデッキを2台買い、今では絶滅してしまったレーザーディスクのデッキまで買いました。
車は48回払いのローンで買いました。
平成元年式のスターレットターボSです。
バイクはHondaのNV400カスタムというものでした。
ローンにローンが重なって、月々の支払額は16万円に達してしまいました。
物欲に抵抗出来ない自分の愚かさが招いた結果です。
何とか大学を卒業するまでに借金はすべて返済しなければ、と思っていましたが、返しても返しても借金が減る気がしなくて、絶望していました。
稼いでも、お金は目の前を通過するだけで、僕の手元に残りません。
何とも空しい日々でした。
そもそのあの当時は、月々の返済に追われ、返済総額がいくらなのかも把握していませんでした。
それが出来ていれば、残高が確実に減っていることを理解して、もう少し踏ん張れたと思います。
結局、僕が借金をすべて返済したのは、社会人になってからでした。
そして、借金を返済し終わってからは、絶対に借金をしないと心に誓いました。
借金は悪だという事を経験で学びました。
もちろん家を買う時はローンを組みましたが、それ以外では一切ローンは組んでいません。
おそらくこれは、いくら親に言われても分からないと思います。
経験してみて初めて分かる事なんだと思います。
娘もこれからお金で苦労するかも知れません。
僕としては、僕と同じような苦労はして欲しくないですが、口で言っても何も伝わらないとも思います。
経験しないと分からない事だと思います。
このように考えてくると、娘の悪い点はすべて僕に似ているような気がします。
僕の悪いところをすべて引き継いでいるように思えます。
僕も通ってきた道です。
今後の対応
今回の件をどうするのか?
妻は娘に事実を突きつけて、認めさせて、謝罪させるべきだと言っています。
僕は、もう二度としないならば目をつぶってあげても良いのかも知れないと思っています。
どっちが良いのか、よくわかりません。
もっとよく妻と話し合って、決めたいと思います。
娘の反抗期 その2へつづく