こんにちは、鹿野一郎です。
今日は2026年の1月12日です。
しばらく間が空いてしまいましたが、ちょっと近況を述べておきたいです。
去年のトレーニング
2025年が終わり、2026年が始まりました。
個人的には今年はあまり大きな事が起こらない静かな一年になると思います。
去年2025年は離島留学に行っていた娘が春に自宅に戻って来ました。
そして通信制高校に入学しました。
僕と妻だけで1年間暮らしていましたが、そこに娘が帰って来て、新しい3人の暮らしが安定するまで、いくつかの大きな争いがありました。
一昨年の2024年は春に娘が離島留学に行き、家を出ました。
向こうで他の子達とうまくやれるのだろうか?
ちゃんと学校に行かれるようになれるのだろうか?
さまざまな心配をして過ごしていました。
さらに前の2023年は娘の不登校と引きこもりが悪化し続けた年で、我が家はどん底でした。
思い出してみれば娘が不登校になったのは2022年の10月でした。
あれ以来ずっと、明るいとは言えない日々を送って来ましたが、去年2025年に娘は通信制高校に入学し、今のところなんとかちゃんと通っている様子なので、去年や一昨年と比べるとはるかに良い状況だと思っています。
そして今年はこれがこのまま続いて欲しいと思っています。
おそらく続くと思うので、今年2026年は過去数年と比較すると、特に何もない静かな一年になると思います。
なって欲しいです。
去年は一応筋トレをしていましたが、そんなに真面目にやっていませんでした。
パワーリフティングはしばらくやめようと思ったのが2024年の秋でした。
そして去年の前半は前年から引き続き空手に燃えていたので、筋トレはあまりやっていませんでした。
夏からリハビリを始めましたが、10月に左肩を怪我してしまって、11月から筋トレを休んでいました。
パワーリフティングの試合に出ないとなると、デッドリフトやスクワットはやらなくなりました。
空手の練習をする都合上、デッドリフト、スクワットをやって脚が筋肉痛になるのは困るんです。
例えば水曜日に目一杯スクワットをやって、土曜日に目一杯デッドリフトをやると、常に脚が筋肉痛になるので、蹴りの練習ができなくなってしまいます。
なので、以下のような上半身の種目しかやっていません。
ベンチプレス
ショルダープレス
サイドレイズ
バーベルカール
ライイング・トライセップ・エクステンション
懸垂
バーベルリストカール

去年のトレーニングをベンチプレス(またはフロアプレス)に限って書き出すと以下のようになります。
01月29日 エバーフィット 72.5kg10回3セット
02月01日 エバーフィット 75kg10回3セット
02月04日 エバーフィット 77.5kg10回3セット
02月08日 成田市体育館 80kg10回、10回、9回
02月11日 エバーフィット 82.5kg9回、8回、9回
02月15日 エバーフィット 85kg8回、7回、6回
02月18日 エバーフィット 87.5kg8回、8回、7回、6回
02月25日 エバーフィット 90kg6回、6回、7回、5回、4回04月01日 エバーフィット 70kg10回3セット
04月11日 エバーフィット 72.5kg10回3セット
04月19日 エバーフィット 75kg10回3セット
04月27日 エバーフィット 77.5kg10回3セット
05月03日 エバーフィット 80kg8回、10回、7回
05月07日 エバーフィット 82.5kg10回、9回、8回
05月10日 エバーフィット 85kg9回、8回、8回
05月17日 エバーフィット 80kg10回、10回、9回07月25日 みつわ台体育館 73kg10回3セット
07月28日 みつわ台体育館 79kg10回3セット
08月22日 ゴールドジム成田 70kg9回、7回、8回
08月27日 ゴールドジム成田 70kg10回3セット
08月31日 ゴールドジム成田 72.5kg10回3セット
09月20日 ゴールドジム成田 75kg10回3セット
09月08日 みつわ台体育館 81.3kg9回、8回、6回
09月24日 自宅 79kg8回、9回、9回
09月29日 ゴールドジム成田 77.5kg10回3セット
10月01日 自宅 80kg10回3セット
10月08日 自宅 82kg10回3セット
10月12日 ゴールドジム成田 80kg10回3セット
10月22日 自宅 84kg10回3セット
10月19日 ゴールドジム成田 82.5kg10回、10回、8回
11月01日 自宅 79kg7回、9回、10回
11月05日 自宅 79kg10回3セット
11月10日 自宅 80kg8回、9回、9回、8回
11月12日 自宅 80kg9回、8回、7回、8回
これを集計してみて驚いた事があります。
去年は1回もベンチプレスで100kgをあげていない事です。
一番重かったのは2月25日の90kgです。
一年中リハビリをしていたような感じですね。
もう一つ驚いたのはベンチプレスまたはフロアプレスを年間34回やっていたという事です。
もっとサボっていると思っていましたが、一応それなりにはやっていたようです。
もちろんパワーリフティングに打ち込んでいた時と比べたらとても少ないですが、感覚的にはもっとサボっていると思っていました。
ちなみにパワーリフティングをやっていた頃は、大体年間90回程度ベンチプレスをまたはフロアプレスをしていました。
おそらく競技者としては全然足りていなんだと思いますが、僕としてはこれが精一杯でした。
2月25日のトレーニングのあと1ヶ月以上間が空いていますが、おそらく精神的なショックによるものでしょう。
当時の日記を読み返しても、怪我をしたとはどこにも書いてありませんでした。
バカな話ですよね。
力が出なくてショックなら、もっとガンガンやらなければダメなのに、ショックでサボるなんて。
もっと弱くなりますよね。
当時の自分に言い聞かせたいです。
5月17日のトレーニングの後は7月25日まで間が空いていますが、この時も怪我はしていません。
単にやる気がなくなったのでしょう。
去年は11月12日でトレーニングが途絶えていますが、これは左肩の怪我が原因です。
左肩に違和感を感じたのは10月19日に成田のゴールドジムでショルダープレスをしている時でした。
何か左肩が変でした。

その後、日を追うごとに左肩が悪化して、ベンチプレスをしても左肩が痛むようになりました。
こうなるとバーベルカールも出来ないし、プレスダウンも出来なくなりました。
仕方がないので、思い切って年内のトレーニングは全て休む事にしました。
怪我の原因は10月12日の成田のゴールドジムでのフライのマシーンだと思います。
あの時はとにかく重たいのを挙げたくて、フォームが思い切り崩れていました。
背中は背もたれから離れて丸まっていたし、腕も伸ばさずに肘を曲げてとにかく左右のバーをくっつけるのだと、青筋を立てて力んでいました。
それで左肩の関節がやられてしまったのだと思います。
無理な角度から無理な力が加わったのでしょう。
この反省から、僕は今後、2度とフライのマシーンをしない事を決意しました。
昔、プリチャーカールで肩の大怪我をしました。
2回やりましたが、どちらも1年間筋トレが出来なくなるほどの大怪我でした。
初めてやった時は、肩からボキッ!!という大きな音が聞こえて、救急車で運ばれていく自分の姿が目の前に見えました。
2回目にやった時もボキッ!!!という大きな音が聞こえましたが、この時は上腕骨が皮膚を突き破って飛び出して来るのが見えました。
もちろん幻覚だったのですが。
今回はフライマシーンです。
別にボキッ!という音はしなかったし、何も変な物は見えなかったし、やった時はやった事にすら気づいていませんでしたが、もう怪我は嫌なのでやらない事にします。
去年の集計を見て今年の目標を立てました。
(1)今年は年間50回以上ベンチプレスまたはフロアプレスをする
(2)今年はベンチプレスで100kgを合計20回以上、110kg合計3回以上挙げる
去年の今頃は、空手をやりたいという情熱がとても強く、トレーニングは完全に後回しでしたが、今は少し落ち着いて来て、トレーニングにもちゃんと向き合おうと思うようになっているので、この目標を確実に達成したいです。
ちなみに2023年のトレーニングの集計を見てみると、年間でベンチプレスは以下のように挙げていました。
100kg 78回
105kg 36回
110kg 5回
これをみると110kgは当時の僕にとっても決して軽くはなかったようです。
記憶では、110kgの「止め」ありだと1回が限界で、「止め」なしでは連続4回ぐらい出来ていたように思うのですが。
今年に入って、自宅で3回トレーニングをしました。
自宅なのでベンチプレスは出来ません。
畳の上に寝転んでバーベルをあげるフロアプレスをします。
フロアプレスだと、バーベルシャフトが胸につく前に肘が畳についてしまうので、ベンチプレスに比べて可動域が狭くなります。
そのため使用重量も上がります。
フロアプレスの80kgとベンチプレスの80kgでは、フロアプレスの方がかなり軽く感じます。

今年のこれまでのフロアプレスは以下のような感じです。
1月05日 ウォームアップ 40kg10回、50kg10回、60kg10回
本番セット 70kg10回3セット
1月08日 ウォームアップ 40kg8回、55kg8回、65kg10回
本番セット 73kg10回3セット
1月11日 ウォームアップ 40kg8回、55kg8回
本番セット 75kg10回3セット
1ヶ月半も怪我で休んでいたので、軽いところからやり直します。
それにもう若くないので、リハビリも若かった頃より時間をかけて慎重にやります。
ゆっくり時間をかけて少しずつ重くして行くつもりです。
怪我やサボりがなければ、今月末には85kgぐらい、2月末には100kgぐらいまで行けると思います。
ちなみにフロアプレスの自己ベストは129kgです。
昔の話ですが。
夏は暑くて自宅でトレーニング出来なかったので、ジムに行っていましたが、冬は自宅で出来ます。
ジムに行ってベンチプレスをするようになるのは7月頃でしょうか?
ベンチプレスをする理由は、かつてのような試合のための記録向上ではなく、今よりもう少し大胸筋を大きくしたいというものです。
それと腰回りの脂肪を減らして、かつての逆三角形の体を取り戻したいです。
去年の空手の練習と柔軟運動
去年1年間空手の練習をやって来て、突きや蹴り、さらには裏拳、手刀打ち、肘打ちなどが大分鋭くなったと思います。
去年初めてサンドバッグを蹴った時は、あまりの非力さに驚き、悲しくなりましたが、その後、徐々に強くなっていきました。
8月の頃は僕の上段回し蹴りは、手打ちのビンタぐらいの威力しかなかったと思いますが、今では腰が入ったフルスイングの右フックより強くなっていると思います。(個人の感触です)
前蹴りも、以前と違って腰が入った蹴りが出来るようになったし、後蹴りも前蹴りと同じぐらい強く蹴る事が出来るようになりました。(個人の感触です)
前に、学生時代の仲間で集まって酒を飲んだ時に、仲間の1人から、「1人で空手の練習って、出来るの?」と聞かれましたが、当然返事はイエスです。
相手がいなかったらスパーリングは出来ませんが、突き、蹴りなどの打撃力を向上させる事は出来るし、受けについても、相手が突いて来たと想定して、それをかわして打ち返すという練習を繰り返す事が出来ます。
さらに言うと、蹴りの高さを確保するために柔軟運動をするとか、僕はやっていませんが、スタミナを強化するために走り込みをするなども1人でできる練習ですね。
もっと言うと、スネを固くするために、棒などでスネを叩く、またはスネで道路標識の支柱などを蹴るなどの練習もできます。
おそらく道路標識を蹴るのは何らかの法律に違反すると思いますし、いい年した大人がそんなことをやっていたら完全に危ない人なので、僕は自宅で木の棒で自分のスネを叩いています。
空手の練習をしても、試合には出ないので、練習の目的は試合に勝つ事ではありません。
では何のために空手をするのかというと、再び突きや蹴りが鋭く出せるようになりたいからです。
空手の練習を再開して1年5ヶ月が経過し、それなりに目的は達成していると思います。
もちろんまだまだ強くなる余地はあると信じていますが。
でも、もう少し他に目標が欲しくなります。
試合に出ないとなると、次に考えるのは、護身術としての空手です。
武道としての空手というと、少しかっこいいですね。
競技としての空手と武道としての空手はかなり違うと思います。
試合だと、相手の顔面を殴ってはいけない、相手の顔面に裏拳を入れてはいけない、相手の首に手刀打ちを入れてはいけない、相手の股間を蹴り上げてはいけない、目潰しをしてはいけないなどのルールがあるので、攻撃が限定的になります。

また、試合は必ず1対1でやるので、相手は前にいます。
敵が後にいたり、5人に囲まれたり、そのうちの数人がバットやナイフを持っているという事は、試合ではあり得ないです。
武道としての空手では万が一そのような危機的な状況に陥っても、いかに身を守り脱出するか、または敵を制圧するかという事を考えるのだと思います。
道場稽古では最初にみんなで整列して基本稽古をします。
僕は日々、その基本稽古を1人で自宅でやっているだけで、それ以上の練習はしていません。
基本稽古の中にはとても実践的とは思えない技がいくつもあります。
例えば「後蹴り」や「裏拳左右打ち」などです。
後蹴りは後にいる敵を蹴る蹴りです。
裏拳左右打ちというのは自分の斜め後にいる敵の顔面に、振り返りざまに裏拳を決める技です。
道場に通っていた頃は、試合で勝つ事だけを考えていたので、これらを無意味な技だと思っていました。
でも、一昨年の8月に空手の練習を再開して以降、外で暴漢に囲まれて戦わなければならない状況になった時には、役に立つ技だと思うようになりました。
つまり、試合で勝つ事を目標にしたら無意味に思える技も、武道としての空手を考えると意味があると思うようになったという事です。
柔軟運動も続けているので、結構体が柔らかくなって来ました。
でも、若い頃の柔軟性にははるかに及びません。
足を伸ばして座ってやる前屈は、腹がつかえてしまって、おでこがスネに付きません。
開脚して右または左に体を倒してやる前屈ならおでこがスネにつきます。
また、開脚前屈でもおでこが畳につきます。
普通の前屈が出来るようになるために、もっと痩せないとダメです。
股割りはちゃんと180度に開くようになりました。
柔軟運動を再開した当初は1ヶ月ぐらいで180度開くようになるだろうと思っていましたが、実際には1年以上かかりました。
ここからさらに柔らかくして行きたいです。
今は、自分の体重をかけて、脚を開かせようとすると、特に痛みを感じる事なく180度まで開くという状態です。
自分の体重をかけないと脚は開かないです。
たまにCMなどで、立ったまま片足を180度開脚して、足が頭の上に来るような人がいますが、あんな事はまだまだ絶対に無理です。
外部から力を加えなくても、自発的に足が180度開くというのは別次元の柔軟性です。
若い頃でも出来ませんでした。
もし、今よりももっと簡単に股割りが出来るようになったら、柔軟運動のメニューにY字バランスを取り入れようと思います。
今はまだY字バランスでは足が肩と同じぐらいの高さまでしか上がりませんが、頭の上まで上がるようになりたいです。
柔軟性の向上は健康面に大きく貢献しているように思います。
例えば授業中にチョークを落としてしまって拾う時、パワーリフティングをしていた頃は体が固かったので、膝を曲げて拾っていました。が、スクワットとデッドリフトで脚は毎日筋肉痛だったので、しゃがむのが痛かったです。
なのでチョークを拾うのにも苦しくてうめき声が漏れていました。
でも今は膝を曲げなくても腰を折って拾う事ができます。
はたから見ても、かなり違うと思います。
健康的に見えるようになったと思います。
もちろん柔軟運動をする目的は、自分より背の高い敵の顔を蹴る事なんですが。

離島留学について思うこと
娘の事を少し書かせてください。
娘を離島留学に行かせて、本当に良かったという話です。
減災高校1年生の娘は中学時代、不登校でした。
中学1年生の10月から次第に学校に行かれなくなりました。
学校に行かれなくなった理由はいくつかあって、自分ではっきりとわかる理由と、よくわからない理由があったそうです。
でも、その理由については問題ではなくなっていきました。
不登校になった理由と、不登校であり続ける理由は別にあると妻から言われた事がありますが、不登校というのは原因を取り除けば解決するというようなタイプの問題ではないようです。
中学1年の冬からしばらくは、地元の佐倉市がやっていた適応指導教室というところに通っていました。
学校と連携していて、適応指導教室に5分いれば、一応出席扱いになるというものです。
そこでは学校で配られるプリントやワークをやります。
そして適応指導教室がそれを学校に提出してくれます。
中間試験や期末試験を適応指導教室で受ける事もできます。
でも、娘はそこには馴染めず、通えませんでした。
中学2年になると地元の中学校に通えるようになりましたが、それで終わりではありませんでした。
僕は気づかなかったのですが、妻によると娘は明らかに無理をして学校に行っていたそうです。
学校に行った日は、帰って来た後、派手なメイクをしてショッピングモールに繰り出し、帰って来たと思ったら爆睡するそうです。
初めは週に5日通っていたのが、次第に週4日、週3日と減って行き、6月の下旬に完全に行かれなくなりました。
あの中学2年の1学期の娘は本当に頑張っていたと思いますが、陰でそんなに苦しんでいたとは知りませんでした。
夏休みは娘にとっては苦痛のない楽しい時間だったのではないかと思います。
友達とディズニーランドに行き、地元の花火大会に行き、地元のお祭りに行き、友達家族と海水浴に行き、友達家族と共に泊まりがけで富士急ハイランドに行き、僕と一緒に泊まりがけで大阪のユニバーサルスタジオに行きました。
とても豪快に遊んだし、とても楽しそうに笑っていたので、9月からちゃんと学校に行けるのではないかと期待しましたが、ダメでした。
8月の中旬までは9月から学校に行くと言っていましたが、8月の末になって、学校に行くと思うと頭が痛くなってどうしようもないと言って泣いていました。
我が家にとって娘が中学2年生の年の2学期が最も辛く、暗黒の時代でした。
9月より10月、10月より11月という具合に娘の様子がどんどん悪くなり、メイクが濃くなり、魔女のようはファッションになり、部屋に引きこもって出て来なくなりました。
もう家族だけでは解決出来ない状況に追い込まれていました。
8050問題が我が家で起こってしまうのではないかと思いました。
そんな中、申し込んでいた離島留学のフリースクールから合格の通知が届きました。
この合格通知に我が家は救われたと思っています。
少なくとも僕は、合格の通知が来たからこそ、娘が島に行く春までなんとか過ごす事が出来ました。
あの合格通知がなければ、我が家では何らかの刑事事件が起こって、一家離散になっていたと思います。
誰が加害者になって、誰が被害者になるかはわかりません。
でも確実に何かが起こっていたと思います。
そのぐらいに厳しい状況でした。
離島留学の行き先は、瀬戸内海の小さな島です。
島民が20人しかいない小さな島で、小学校の跡地を使ってフリースクールが営まれていました。
そこで娘は7人の子供と共同生活を始めました。
炊事、洗濯、掃除はすべて自分達でやります。
学校に通う登校型と、学校に行かない滞在型がありました。
娘は地元の中学に通う気満々で登校型を選びました。
地元の中学校は島ではなく本土にあるので、毎日船で通学します。
生徒が1学年で7人しかいない小規模な学校でした。

娘から届いた手紙には、学校の友達はみんな明るくてうるさいし、担任の先生はおじいさんで、とても良い人だと書いてありました。
そう、初めの1ヶ月はデジタルデトックスで、島にスマホを持ち込む事が禁止されていたので、娘から手紙が来るまで、島での様子が何もわからなかったのです。
あの時は僕も妻も毎日心配で仕方ありませんでした。
手紙には学校は楽しいと書いてありましたが、結局その中学校にも通えませんでした。
5月中旬の修学旅行までは通っていましたが、修学旅行の後は行かれなくなりました。
修学旅行の行き先は奈良、大阪だったそうです。
時が過ぎて9月、フリースクールの滞在型の中学2年の女の子が突然、私来月から中学校に行くと言い出したました。
それを聞いて娘も、じゃあ私ももう一度学校に行くと言いだしました。
そして10月から通い始めました。
もともと登校型の女の子が1人学校に通っていたので、その子と合わせて3人で学校に通い始めました。
でも長くは続きませんでした。
10月に5、6日行って、それで終わりになりました。
1学年に7人しかいない少数学校でも通えないというのはとても不思議でしたが、とにかくダメだったようです。
フリースクールのスタッフの方々の話では、初めの頃は娘は大人や大人社会に反発するエネルギーがすごくて、なかなか大変だったそうです。
でもスタッフが気持ちに寄り添い続けた結果、徐々に本来の素直な性格が出て来たという事でした。
確かに以前のような乱暴な性格ではなくなり、少しはおとなしくなりました。
また、島に行ってから料理が得意になったそうで、9月以降は毎晩娘が他の子やスタッフの方々の夕飯を作っていたそうです。
もうこの頃には僕も妻も娘が全日制の高校に通うのは不可能だと諦めていました。
出席日数が足りな過ぎて普通の高校は相手にしてくれないのです。
通信制高校の合同説明会に2回ほど行って、通信制高校というものへの理解を深めて行きました。
離島留学に娘を行かせた事は、本当に良かったと思っています。
去年の7月にホテルのレストランにランチに行った時に、娘から「島に行って本当に良かった」と言ってもらえました。
とても嬉しい言葉でした。
あの島での1年間が自分の人生で一番楽しい時だったと言っていました。
親とは完全に隔離された世界で、何があっても親のせいに出来ないし、親に八つ当たりする事も出来ません。
そして身の回りの事はすべて自分達でやらなければならないので、自分自身を見つめ直すのにとても良い機会になったのだろうと思います。
でも、離島留学という仕組みがすべての子どもに合っているのかというと、そうではないようです。
最初に8人の子供がいましたが、最後は4人に減ってしまいました。
7月に暴力事件を起こして男子生徒が1人退学処分になりました。
8月末には暴力事件の被害者の男子が島を去って行きました。
10月にはネットビジネスでお金を稼ぐようになった男子が、フリースクールの方針に従えなくなり、出て行きました。
そして1月には女子が、スマホ中毒が治っていないという理由でお母さんによって連れ戻されました。
最後に残ったのは4人でした。
そのうち娘だけが3月に島を卒業して千葉に帰って来ました。
とても立派な卒業式でした。
残った3人は中学1年生、2年生の男女で、全員翌年も島で暮らす事を希望したので、そのまま継続しました。
今も島で暮らしています。

よく新聞などで見るのですが、不登校や子育てなどでどうにもならなくなってしまって困っている時は、外部の専門機関を頼るようにと言われます。
今回の経験で、本当にその通りだと思いました。
島に娘を送り出す前の我が家の状況は本当に暗黒で、あのままでは絶望的な結末しかあり得なかったと思います。
娘を島に預かってもらって、本当に良かったと思っています。
最後に
今年は平穏で特に何も起こらない一年になると思います。
そうなって欲しいです。
若かった頃はとにかく刺激が欲しかったので、平穏な生活なんて望んでいませんでした。
でも58歳にもなると、刺激よりも安定の方が心地よく感じます。
今年の年末に僕はどの程度の筋力を持っているのだろうかと考えます。
やっぱりベンチプレスで100kgは簡単に上げられるようでありたいです。
去年は一度も100kgなんて扱っていないので、今100kgを挙げられるかどうかはやってみないとわからないです。
でも若い頃と違って自己ベストに挑戦するのも、いきなり挑戦するのは怖いです。
徐々に使用重量を上げていって、その延長線上で100kgを扱うようになりたいです。
そのためには怪我をしない事、サボり心に負けない事が大切ですね。
そんな感じで、今年は筋トレと空手の練習、柔軟運動に、40対40対20ぐらいでエネルギーを分配して行きたいです。
久し振りの投稿でしたが、今回はこんなところです。
ありがとうございました。

